コンビニおでんを買う目的は汁を飲むため


世の中には名言・格言というものがある。
それは時に織田信長徳川家康といった数百年も前の歴史上の偉人によって発せられた言葉だったりする。
また、それらの言葉は現代を生きる人々の座右の銘になって人々を支える力を持ったりもする。
しかし、私は今回上記の名言・格言とは色の異なるものを1つ紹介したい。




「エビフライはタルタルソースを食べるための棒だ。」 大沢たかお





言い得て妙である。

タルタルソースは美味しい。人々はタルタルソースが好きだ。


人はみなこう思っている。
出来ることならタルタルソースを口いっぱいに頬張りたい。
いや、タルタルソースの中を泳ぎたい。
タルタルソースを浴びたい。
水筒の中身はタルタルソースがいい。


しかし、タルタルソース単体を口に入れる行為に人は羞恥心を感じてしまい大抵は出来ない。
周囲の人に見られてしまったら現代の日本では変わり者扱いされてしまう。

「どうすれば周りの目を気にせずタルタルソースを楽しめるか」
この難題を解決したのがエビフライだった。



この棒の発明により人々はタルタルソースを心置きなく楽しむことができるようになったわけだ。




このエビフライとタルタルソースのような構図のものがこの世の中に他にあるのか考えた。
そして見つけた。

そう
おでんのダシである。



唐突だが、ここでコンビニおでんを食べる目的ランキングを発表する。


3位…具の味を楽しむ



2位…暖をとる







1位…汁を楽しむ


あの汁は美味しい、とにかく美味しい。
魔法の液体だ。
色が検尿とか言わない。


家での夕食がおでんだったが、汁がイマイチ。
コンビニおでんの汁の方が美味しい、そんな経験はないだろうか。


何度も言うが、あの汁は美味しい。
熟練の料理職人の母の腕を軽く超えてしまう。
キリスト教にもし入信することがあるとしたら私はコンビニおでんの汁での洗礼を受けたい。
来世の沐浴はコンビニおでんの汁でされたい。







セブンイレブンのCMを見たことがあるだろうか。

[HD][CM]セブンイレブン-おでん(15sec) - YouTube

このCMを見てもらえばわかるのだが、かつおと昆布のダシについて言及されている。

が、実際にかつおと昆布で合わせだしをとってもらえばわかるのだがおでんの汁の味からは程遠い。
ウマミは感じるが、あの味はしない。
私はたまに料理をするのだが、合わせだしからコンビニおでんの汁の味のクオリティに持っていく術は何も思いつかない。


家庭では作りにくいあの美味しい汁はもはや一般人の手の届くシロモノではない。


人はあのおでんの汁を求めてコンビニに走りコンニャクやダイコン、卵を容器によそう。
それはおでんの具を食べたいからではない。
おでんの汁を飲みたいからだ。




言ってしまえば、おでんの汁はタダである。
具を1つ買えば容器に汁を入れ放題だ。
しかし、「汁だけください」とは言えない。
タダでものをもらうことに人は引け目を感じてしまう。
羞恥心とモラルがジャマをする。
欲望のままに行動してよいのなら人はみな水道管の先をおでんのケースに繋げる。
しかし、繰り返しになるがそれはできない。
そこで助け舟を出してくれたのが具だ。

具を買うことで汁をどれだけとっても自責の念に駆られずに済む。


しかしどうだろうか。具を買ってみたものの、正直コンニャクなんて味は無いし、ダイコンなんておろし金でおろされてナンボ、卵は日本人なら生で食べたい。








おでんにされて輝く具なんてない。






コンビニに走り、そして容器いっぱいにおでんの汁を注ぐ。

汁を楽しむために最低でも具を1つ買わざるを得ない。
しかし、コンニャク1つで容器いっぱいに汁をよそうと店員は「具1つでこんなにも汁を入れますか、お客様」という顔をするだろう。


しかし、それに対する恥ずかしさを優に超える汁への欲望。
人間の70%は水分で構成されているが、それはコンビニおでんの汁である。
細胞の1つ1つが汁を欲している。




おでんの具は汁を飲むための口実に過ぎないのだ。