エンタメ記事の「称賛の声」系に対して思うこと

怒っております。
この手のニュースに対して。


LINEを開いてニュースという欄をタップすると2回に1回はこの手の記事があります。


「〇〇がすっぴんをインスタに投稿!その美しさにファン称賛!」
「〇〇が投稿したオフショットに称賛の声!」



ええい、うるさいうるさい


まず第一にファンというものは対象の有名人を様々な観点(ルックス、歌声、考え方等)はあるだろうけど、尊敬しているわけで。



ファンにとってみればその人はキラキラ輝く人、いや、もはやキラキラ輝く神様であるわけですよ。


その人が何をやっても尊い。その人がやることなすこと全てが正しい。行く先がどこであろうと、たとえ海であろうとその人の進む場所にファンの行く道は拓ける。









モーセです。






だから、相当極端な言い方をすればその人の耳クソも鼻毛もファンは崇め奉る対象になり得ります。
ちなみに私は稲葉浩志の風呂上がりのお湯で白米炊きたいです。





吉岡里帆が泥水を飲んで「美味しかったです!水筒に入れたいです!」と発信すれば、橋本環奈が犬がションベン引っ掛けた電柱を舐めて「意外と美味しいです」と発信すればファンは「そうなんですね!私も飲んでみます!」って言います。絶対言います。ホントに。いや、知らんけど。



つまりなにが言いたいのかというと


ファンがついている有名人が発信することならくだらないことでもファンはチヤホヤしてしまう。


ってことです。
これは仕方ない現象ですよ、だってファンだもの。チヤホヤしたくなっちゃうんだもの。



責めるべき対象はそれを記事にしてしまう人。
ファンがチヤホヤしてる投稿を見て「あ!この投稿すごい人気だー!記事にしよーっと!」と客観的な視点を失ってアホヅラで記事書くのかどうかは分かりませんけど、ああいうネットの声を鵜呑みにして記事を書く輩は個人的にはサルと同等。
そんなくだらないことをわざわざ大々的に記事にするんじゃないよバカタレ、と。


くだらないことを記事にするから内容も薄っぺらくなり、ファン以外の人がそれを読んで「こんなクソ記事に時間を割いてしまった」とカチンと来るわけで。



見向きもしなかったファンでも何でもない人から称賛されるような、振り向くような、そんな出来事があって初めてそれを記事にしなさいよ、と思うわけです。





結論: 井上公造は一生泥団子食っとけ。